『あ〜た〜らしい朝が来た〜♪ 希望のあ〜さが♪ 皇國の荒廃此の一戦に有り! 宜候〜聯合艦隊出撃!! バルチック艦隊発見セリ! 主砲照準合わせ…てー!! ドンッ! ドンッッ!! ズガ〜ン!! ドッガ〜ン!!』
「ぬおっ!」
 けたたましい轟音が耳元で弾け、私は否応なく目覚めさせられてしまった。
「な、何だ今のは……」
「おっは〜、起きた?」
「む? 貴様は……」
「わたしの名を言ってみなさ〜〜い!!」
「ぐほえっ!」
 目を開けた先にいたのは真琴嬢であったが、いきなり奇襲攻撃を掛けられ、私は蒲団に深々と沈められた。
「まったく、わたしの名前は真琴よ。何度言わせれば気がすむのよ」
「痛……、起きた直後故、咄嗟に『貴様』と言ってしまったのだ。しかし、先程の轟音は一体何だ?」
「これよ」
 そう言って真琴嬢が差し出したのは目覚まし時計だった。
「目覚まし時計……?」
「そうよ。音声が吹き込める目覚まし時計の改良版で、全部で数種類の声がランダムで出るのよ。例えば……」
『起きろ! 起きろ! 起きろ! マスかきやめ! パンツ上げ!!』
 ランダムに目覚ましから流れた声は、放送禁止用語と言っても差し支えない卑猥な檄だった。
「……分かった分かった……。要は五月蝿い声で否応無く起こされる目覚まし時計だという訳だな?」
 しかし、このような目覚ましで起こされて不快ではないのだろうか? 私なら真っ先に訴訟を起こす所であろうが……。
「五月蝿い声と何よぅ、兄様の素晴らしき声にケチ付ける気?」
「……」
 つまり、この目覚ましの音源は例の青年といことなのだろう。演技調に作られた声だが、冷静に聞けば彼の声だと理解出来る。
 しかし、あの清純そうなイメージの青年がこのような行為に走るとは以外である。人は見掛に寄らぬとはよく言ったものだ。
 それにしても、自分の兄に「様」を付けて呼ぶとは、真琴嬢は何処か高貴な出なのだろうか。いや、あの性格からしてそれはなさそうだが。
「話は変わるけど、変形は出来るようになった?」
「いや、辛うじて片腕を動かせた程度だ」
 初めての経験なので簡単には期待に答えられないものだ。今のペースだと極めるまで相当時間が掛かるだろう。
「そう。まっ、一応趣旨は聖さんに伝えておいたから、現状でもいいから披露してみたら? 何もせずに片腕が動くだけでも普通の人は驚くでしょうから」
「ああ」
 真琴嬢に案内され、私は寝室から台所へと移動する。しかし、真琴嬢が「普通の人」と強調したのは気に掛かった。少なくとも私の法術が己の良識範囲において日常的な行為でもない限り、普通はあのような課題を提示出来ぬ筈だ。
 この娘、何かとてつもないものを秘めている。直感だが、そんな気がしてならない。


第参話「霧島家にて」

 台所に案内されると既に霧島姉妹が席に付いており、朝食の準備が為されていた。白米に味噌汁、焼魚、典型的な日本の朝食風景だ。
 しかしそこにあるのは3人分。やはりあのロボットを動かさなくては飯にはあり付けないらしい。
「では鬼柳君、早速君の芸とやらを見せてくれ。君がこのライディーンを手も触れずに動かすと聞いたから、わざわざ博物館から運んで来たのだ」
「大佐の芸かぁ〜。楽しみだよ〜」
 霧島姉妹の期待に答えられるかどうかは分からないが、私は現状で出来る精一杯の行為を行うまでだ。
(意識を集中させて……。ロボットと一体になって……)
 昨日は初めての行為であり、且つ空腹により集中力も半減していた。今も朝食前であり多少の空腹感はあるが、夕食の蓄えがある為、昨日よりは動かせるだろう。
「ほう……」
「わぁ……」
 全力で事に臨んだ甲斐があり、ロボットは静かに動き出した。まず始めに腕が動き出し、次に脚が動き出した。その光景に魅入ってか、霧島姉妹は感嘆の声をあげた。
「はぁ、はぁ……」
 しかしこのロボットを動かす行為は、やはり多量の精神的負荷が伴う為、一歩歩き出すのが現状の私では精一杯だった。
「成程、成程。見た限り何かで操っている感じはないな……」
「わぁ〜凄いよ〜。サイコミュだよぉ〜ニュータイプだよ〜」
「違うぞ佳乃。動かしているのがライディーンだからこの場合念動力だ」
「あっ、言われてみればそうだね」
 法術の負荷により疲労感に苛まれている私を尻目に会話を続ける霧島姉妹。二人の会話は私が知らない単語が多数飛び交っており、内容が全く理解出来ない。
 唯一知っているのは「ニュータイプ」という単語か。しかしこの単語も例の長い黒髪の少女が使用したから偶然知っているだけで、具体的な意味は分からない。
 それにしても、霧島姉妹からもこの言葉が出たということは、やはりこの「ニュータイプ」という言葉は俗語化しているのだろうか?
「しかしこの程度ではレベル1という所か……」
「回避にも命中にも修正が付かないね」
「フフ、しかしレベル9まで上がればその修正値はニュータイプより高い」
「でも念動力だとファンネルの射程が伸びないよ。修正値は低いけどファンネルの射程が伸びる分、ニュータイプの方がお得だよぉ〜」
「それならばオーラ斬りの攻撃力が増加する聖戦士もお得だ。しかしこの場合遠隔操作技術が問われているのだから、確かにニュータイプの方がお得だな……。
 という訳だ鬼柳君、ファンネルを遠くまで飛ばせるよう精進に励んでくれたまえ」
「なぬっ!?」
 解読不能な会話が続いた後にいきなり新たな課題を提示され、私は驚くしかなかった。
「まあ、こういう事だ」
と霧島女史は一度台所から離れ、暫くして赤色のロボットを持ち出して来た。
「このMSが背中に背負っている漏斗の形をした“ファンネル”という武器を飛ばせるようになってくれという事だ」
「で、それが出来るようになると、私に何のメリットがあるというのだ?」
「君がこの遠野郷に在住している間の食住を保障する」
 つまりそれが出来るようになれば、ただ飯にありつけるという訳だ。
「成程、悪い条件ではないな」
「それに武器を遠隔操作出来るようになれば何かと実生活でも役立つだろう」
 確かに、武器の遠隔動作が確実に出来るようになれば、完全殺人も思いのままだ。極めたならば大陸や半島にでも渡り、金正日や江沢民辺りの共産主義者共を暗殺して来よう。
「但し、ファンネルが使えるようになるまで飯は米と味噌しか出さん」
「何っ!」
「働かずして飯にありつけるだけ有り難いと思うのだな。それに達成した後にまともな飯にありつけた方が、より達成感が増すというものだろう」
 私は後の達成感より先の幸福感を好む! と言いたい所だが、下手に要求を強めると条約そのものが破棄されかねないので、この辺りで譲歩しておくのが得策だろう。  しかし、私がまともな飯にありつけるのは何時のことになるやら……。



「くっ、やはり満たされんな……」
 朝食後、私は気分転換に家の外に出る。辺りを見渡すと目の前には広い田園地帯が広がり、その四方を山が覆っていた。昨日訪れた時は、ここは既に『遠野物語』の世界ではないと思った。確かにそれは的を得ているだろう。
しかし街並みは一区画だけであり、遠野の街並は田園地帯の彼方に蜃気楼のように広がっているだけだ。全体を通せばまだ村落風景が残っている。それだけで多少はほっとした気分に浸れる。
 ともあれ、辺りに山が広がっているのならば、山へ登れば何かしらの食料が得られるだろ。そう思い辺りを詮索していたら、都合の良いことに庭先を子狐が歩いていた。正に干天の慈雨であった。
 狐など食したことはないが、この際食したことがないなど些細な問題でしかない。大きさからいって、腹の足しには丁度良い大きさだ。煮るなり焼くなり適量の調理をすれば、腹の足し所か数食分にも値するだろう。
「狐君、狐君。何もしないからこっちにおいで」
と、私は家に隠れている子山羊を誘惑する狼のように子狐を手招いた。すると素直にこちらに近づいて来た。随分と人懐こい狐だ。しかし、その人懐こさが己の生涯を終わらせる要因になろうとは夢にも思っていないだろう。
「よしよし、良い子だ」
「ガブッ!」
「痛っ……!」
 素直に近づいて来たと思っていたら、突然の奇襲攻撃を招いていた手に食らった。
「ちいっ、犬畜生の分際で〜〜」
「あうーっ!」
 その小生意気な抵抗に対し、私は断固とした報復攻撃に転ずることを決意した。こうなればただ食らうだけでは気がすまない。徹底的に五体を切り刻み、苦痛を最大限に伴う死を提供して食らわねばこちらの気が晴れない。
「ちいっ、なかなかすばしっこい!」
 私の報復攻撃を回避という形で避け続ける子狐。私も必死で捕らえようとするが、なかなか素早く思うように捕えることが出来ない。
「逃さん! 行けっ、ファンネル!!」
 直接捕まえるのは困難だと思い、私は近くにあった小石を例のファンネルに例え、法術で無我夢中に子狐目掛けて飛ばした。すると小石は見事に子狐に命中し、子狐はその場に倒れ込んだ。
「あうーっ、あうーっ」
「ふっ、捕まえたぞこのごん狐め。最大限の苦痛を味わい、私に食されるがよい!」
「わぁ、駄目だよ大佐〜、ロコンをいじめちゃぁ〜」
 勝利の恍惚感に浸っていたら、家の中から出て来た制服姿の佳乃嬢に差し止められる。
「あう〜っ」
 その一瞬の隙を突き、子狐は私の掌を離れ佳乃嬢の胸元に飛び付く。
「よしよし、もう怖くないからね」
「一体どういう事なんだ……?」
「その子狐は佳乃のペットなのだよ、鬼柳君」
「ペット……?」
 家の中から出て来たスーツ姿の霧島女史の言葉は意外なものだった。狐をペットとして飼っているなど、随分と希有なことをしているものだと思った。
「昨年の秋に家の近くで負傷していた所を佳乃が発見してな、恐らく親を失い一匹で餌を採りに山を降りて来て自転車か何かに轢かれたのだろう。咄嗟に佳乃が保護して手当てしたのだが妙に人懐こくてな、当初は怪我が完治したら山へ帰すつもりだったのだがそのままペットとして飼う事になったのだ」
「成程な」
 私なら怪我をしている事を良いことに、そのまま連れ帰り調理して食らう所だが、心優しいものだ。
「だが、先に攻撃を仕掛けてきたのは狐の方だ。私にはそれに報復する個別的自衛権が認められている筈だ!」
「でもそれは大佐がロコンにちょっかいを出そうと思ってたからじゃない? ロコンは人の心が分かるんだよ」
「ふっ、狐に人の心が理解出来るだと、下らんな」
 狐のような下等動物に高等な人間の心など理解出来る筈がない。私はその佳乃嬢の考えを嘲笑した。
「いや、下らないことはないぞ鬼柳君」
だが、私の嘲笑に対し霧島女史が異を唱えた。
「しかし狐如きに人の心が理解出来るなど到底信じられんな」
 その異論に対し、私は素朴な疑問でつき返した。
「では聞くが、狐は人間の心を理解出来ないと証明した人はいるのかね?」
「むっ、言われてみれば聞いた覚えはないな……」
「ならば狐に人の心が理解出来るという仮説はそれを否定する確固たる説が確立する限り、仮説として有効であろう」
「確かに一理あるな。しかし、ならばその狐に人の心が理解出来るという説の論拠はあるのかね?
 例えばだ、犬が尻尾を振るのは嬉しさの表われであり、尻尾が立っているのは相手に対して怯えているという。これは人間が行動心理学から導き出した犬の感情表現であろうが、それはある意味人間が犬の心を理解したと言えるかもしれん。
 だが、その理解というのはあくまで漠然とした犬の感情を読み取ったに過ぎず、その深層心理までは理解せず、また、その理解も自分は犬の心が理解出来るとのエゴに基づいた自分勝手な理解に過ぎんのではないか?
 ましてや頭脳の発達においては哺乳目では最も高等な頭脳を持ち得ている人間でさせ、他の動物の理解はその程度が限界であるのだ。その人間より頭脳が劣っている狐も、せいぜい人間の漠然とした感情を読み取るのが関の山であろう」
「フフ、確かに君のいう事はもっともだ。よく我々は動物の心を理解出来るなどというが、それは表立った感情を理解しているに過ぎないだろう。それに狐が人間の心を理解出来ると思うのは、それこそ人間のエゴに依拠している部分が大きい。
 しかしだ、君の論説にはいささか矛盾と見受けられる論点があるな」
「何? 私の論説の何処に矛盾点があるのだ!」
 完璧なまでの論説を展開したと思ったが、そこに矛盾があるなどとは心外である。詳しく聞かせてもらいたいものだ。
「その前に確認しておきたい事がある。先程君は犬を例にとり心の理解の是非についての例証とした。次にその例証を狐の心の是非についての論拠とした。その論拠の結論部分で君は狐の頭脳は人間より劣っていると言ったが、これは同時に犬の頭脳も人間より劣っていると述べたと理解して言いかね?」
「当然だ。人間は哺乳目では最高レベルの頭脳を持っているのであり、それに準ずるのはチンパンジーなどの類人猿だ。犬も狐も四足歩行動物であり、その頭脳レベルは左程変わらんだろうな」
「そうか。ならば君の論説は間違いなく矛盾しているな」
「何だと!」
「君は人間に犬の深層心理までは理解出来ないと言った。しかし深層心理というのは高い思考能力を持った動物に備わっているものだ。犬にも深層心理があると仮定するのは、犬が人間に匹敵する頭脳を兼ね備えているという前提において論説されるものだ。
 しかし君は犬の頭脳は人間より劣っていると言った。これでは論説の前後に齟齬が生じないかね?」
「くっ……」
 人間に犬の心が理解出来ないという事を強調する為「深層心理」という言葉を使ったが、それが反って自分の論説に矛盾を生じさせる要因になってしまった。残念ながら現時点の私には霧島女史の反論に対抗する論説は展開出来ない。
 それにしても、こうまで私を追い詰めるとは、流石に博物館の館長を務めているだけの事はある。
「さて、君の矛盾点を指摘した所で、次に狐が人間の心を理解出来るという仮説の論拠だが……これは佳乃に任せよう。佳乃、主観に捕らわれず客観的な論説をしてくれ」
「あの、お姉ちゃん……。もうこんな時間なんだけど……」
と佳乃嬢は申し訳なさそうに姉に腕時計をかざした。
「ふむ、あまりに白熱した論戦だった為、時間の経過に気付かなかったな……。という訳で我々はこれからそれぞれの学校やら仕事場に急いで向かわなければならないのだが、君はどうするのだね?」
「そうだな、辺りの神社仏閣の調査と行きたい所だが、食と住を確実に確保する為にこの家に残り、業の精進に励みたい所存だ」
「そうか、では頑張りたまえ。では行くぞ佳乃! マジーンゴー!!」
「ダァッシュ、ダァッシュ、ダンダンダダン♪ ダァッシュ、ダァッシュ、ダンダンダダン♪ ダァァァッシュ、ダァァァッシュ、ダンダンダダン♪ スクランブル〜〜ダァァッシュ♪♪ 宜候〜、しゅっぱつしんこー!」
 ノリの良いアニメソング調の歌を口ずさむ佳乃嬢を乗せ、聖女史運転の車は全速力で走り去って行った。



「ファンネル!! ちいっ、動かんか……」
 霧島姉妹が出掛けた後私は霧島宅に一人残り、課題に取り組んでいた。もう2時間になるだろうか、例のファンネルは一向に動き出さない。
 石は何の苦労なく動かせたのに何故動かせない! そんな焦燥感に苛まれ、昼近くに降り出した雨の影響もあり、焦りの気持ちはますます高まって行った。
「もうこんな時間か……」
 このままでは埒が上がらないと思い、ふと部屋のテーブルの上に置いてあった時計に目を向ける。時計の針は既に12時を指していた。
「さてと、そろそろ昼飯にするか……」
 昼食時ということもあり、私は台所に向い冷蔵庫を漁る。
「ふむ、これだけの材料が揃っていればそこそこのものは作れるな」
「北斗剛掌波ー!!」
「たぴらっ!」
 突然何者かに冷蔵庫のドアを閉められ、私はドアと冷蔵庫の間に挟まれてしまった。
「まったく、油断も隙もないわね」
「貴様、何故ここに!?」
「2度ある事は3度アルマゲドン!!」
「なすとろだもすっ!」
 朝霧島姉妹と共に出掛けた筈のブラコンバイオレンスシスターがここにいることが理解出来ず、咄嗟にまたしても「貴様」と言ってしまった。その失言により、私は挟まれた状態から勢い良く蹴飛ばされたドアにより強く挟みつけられた。
「聖さんに貴方が昼食を盗み食いしないようにと監視を頼まれていたのよ。そろそろお腹が減って動く頃だと思って来てみたけど、どうやら現行犯みたいね」
 鬼の居ぬ間に飯を食らおうと思ったが、そうは問屋がおろさないようだ。
「で、現行犯で取り押さえたから罰として昼食抜きね」
「くっ、何の権限があってそのような事をいうのだ!」
「この家の家主である聖さんの直接命令よ。この家では家主の命令は絶対なのよ。命令に従わないのなら、どうぞご勝手に出てってらっしゃい」
 多家の家訓など知った事か、と言おうと思ったが、ここでふと素朴に疑問に思う事があった。家主というのは事実上その家の統率者なのだが、聖女史がそれだというのは腑に落ちない点がある。
 普通家主などというのは父親辺りが務めているものだ。姉妹2人だけで暮らしているにはこの家は広過ぎるし、ということは考えられるのはただ1つ……
(いや、余計な詮索は止めておこう……)
 私の推測は恐らく的を得ているであろうが、敢えて詮索はせず、素直に家主の命令に従う事にした。もし私の推測が当たっていれば、この家の家計は思わしくないだろう。そんな家に流浪の旅人が飯をせがむなどとは無粋であろう。
「いかん、このままでは餓死してしまうぞ……」
 しかし、そうは思うものの体は正直なもので、私は空腹に絶え切れず、居間に戻るとそのまま倒れ込んでしまった。
「大丈夫よ、一食抜いたくらいで死にはしないはよ。それに南方で飢えとマラリアに襲われながら米軍と戦っているわけじゃないんだから、昼食を抜いた位で益荒男たる日本男児が根をあげない!」
 なかなか痛い所を突いてくるものだ。要約すればこの程度で根を上げていては非国民と言われても仕方ないということだろう。普段から街を意味もなくぶらついている不当な若者とは同列視されたくないと思っている私には、非国民扱いを受けるのは恥辱以外の何物でもない。
 ならばここは場合によっては名誉の餓死を選ぶのが私の心情に一番適応しているだろう。
「ところでファンネルは動かせるようになった?」
 倒れ込んでいる私に、再び外出する仕度をしながら真琴嬢が話し掛けてくる。
「いや、全く動かん……」
 あの朝の一件は偶然だったのだろうか、例の狐に石を投げ付けようと思った時は何の苦労もなしに動かせたというのに……。
「そう。ところで朝力を使った時、貴方はどんなことを考えてた?」
「そうだな……。あの狐を捕まえることに躍起になっていたな。余りの素早さにこのままでは捕まえられない、もし法術で石でも投げ付けられたら……。そう思ったら何の苦労もなく石を動かせたのだ」
「成程。じゃあ解決方法はと……」
 そう言うと真琴嬢は仕度の動作を中断し、居間のテレビの横にあるビデオ棚を何やら詮索し始めた。
「あった、あった。はい!」
 そしてその中の1つを私に差し出した。
「何だこれは……?」
「『機動戦士νガンダム逆襲のシャア』」のビデオよ。貴方がファンネルを動かすように言われたMSが作中で出てくるわ。一応何かの参考になると思うわ」
「そうか。すまんな、恩に着る」
「じゃあね、私は仕事場に戻るから」
「待て! 1つ聞いて良いか?」
 支度を終え仕事場に向かおうとした真琴嬢を、私は呼び止める。
「朝の件は誰にも話さなかった筈だ。それなのに何故私が法術を使ったことを知っているのだ?」
「感じたのよ。貴方が力を使ったのを」
「感じた……!? 何故そのような事が出来るのだ?」
「私もある力を使えるからよ」
「何っ!?」
「貴方がそれを動かせるようにでもなったら詳しく話すわ。じゃあね」
 そう言い残すと真琴嬢は出掛けて行った。ある力とは一体如何なる力なのだろう……? しかし気にはなるものの与えられた課題を達成しない限りその答えは得られない、今は目の前のことに全神経を集中させるのみである……。


…第参話完

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